1.
「叔父貴マジ綺麗!」
困る!とまるで年頃の恋多き乙女がするように顔を覆って張苞が丸くなる。
月曜日の放課後、同級生で幼馴染の関興とその弟関索と弟の恋人鮑三娘を連れて張苞はファミレスにいた。妹の星彩と劉禅は遅くなるということだったが、すでに彼らの目の前には相談料と称して張苞が自腹を切ったピザやらポテトやらが所狭しと並んでいる。件の人がこの現状を見たら夕食前の間食を叱責し夕飯が食べられなくなるだろう!と烈火の如く怒るだろうが、そこは育ちざかり、このくらいはなんともないのだ。
張苞が叔父貴と呼ぶ人は、彼らの育ての親とも呼べる人であった。立ち上げたばかりの事業に東奔西走していた彼らの父親の代わりに、家事の一切から子守、情操教育、果ては授業参観に出席しては「ぼくのおかあさん」「ぼくのおとうさん」などと意気揚々と軒並み発表して周囲を困惑させたのはいまだに語り草となっている。
事実高校生になったいまでも家に帰れば迎えてくれるのは彼であり、中学までは日替わりの三時のおやつを準備してくれていた。部活やら友人との寄り道やらで往々にして帰りが遅くなる高校生になっても時折クッキーやら和菓子やらを作って待っていてくれるのは少し気恥ずかしい反面酷く嬉しくはあるのだが。
関興、関索、銀屏兄妹の長兄に当たる関平に至っては大学に進学したにも拘らず今も実家通いで彼の世話になっているというのだから自分たちは十二分に彼に依存していると閉口せざるを得ない。ただその中にあって張苞だけは飛びぬけて異端だった。
関興は思い出す。
高校に進学したころからであろうか、張苞は彼の前だとやけにそわそわしだしたのは。そしていの一番に彼に告白されたのが関興だった。
―――俺、叔父貴が好きだ!愛してる!
それも確かこのファミレスだったと記憶している、周囲の視線が一斉に集まり、関興は落ち着けと彼を宥めたのだ。それからは弟たちを巻き込んでの月一回の相談会という名の報告会が始まった。
「昨日、一緒に映画見に行ったんだ」
その行から始まったのは晴れの日曜日に出掛けた映画鑑賞の話へとなった。
本人はデートだなんだと喜色めいていたが、おそらく彼にとっては保護者の同行であったのだろう。今話題の恋愛映画を見た後はお洒落なカフェで季節のいちごケーキを食べてウィンドウショッピングを楽しんだんだ!と仲良し女子高生グループか、と突っ込んでくれる彼の妹は此処にはいない。皆右から左へと聞き流すだけだ。
来月もまた召集される報告会で、次は春のいちごスイーツフェアを看破してやると意気込みながら、銀屏は残り少なくなったチョコレートケーキを名残惜しげに咀嚼した。
2.
毎月第1土曜日と第3土曜日に彼らは趙雲宅に集まる。
同じマンションに住む楽文謙、ホウ士元、趙子龍の三人は各々の目的の為に趙雲を師とし、今日も料理に励むのである。
「今日はデコロールケーキにしましょう」
レシピをプリントアウトした紙を渡し、食材を広げる。赤と桃色のハート模様の掛かれたロールケーキは女性や子供に喜ばれそうだ。楽進、ホウ統の両名は同居人兼恋人に贈るということだが、と趙雲は彼らの手の中にあるデザイン画を見て一抹の不安に駆られた。
趙雲の予感は奇しくも的中する。
楽進のロールケーキには彼の好きな動物ビスケットが所狭しと乗っており、ロールケーキ自体は毒々しい緑一色に染まっている。端からは果物の皮の切れ端が覗いていており、モチーフはジャングル!ということだが、海の生き物も乗っているところを見るとこれらは水陸両生の生き物たちの群れなのだろう。
隣のホウ統のものを見れば呪いや罵倒の言葉が並んでいる。無駄にデコレーションが凝っていて技術もあるだけに背筋に冷たいものが走る。真っ黒な生地に真っ赤な生クリームは少し柔らかめで中に含まれた白桃と相まって血肉のようだ。マジパンで精巧に作られた生首は目が合うと泣きたくなる。少し度胸をつけさせてやろうと思ってねぇ、などと口調も心遣いも優しいが、兎に角恐ろしい。趙雲は顔を逸らした。
趙雲は兄とも慕う三人の義兄弟の息子たちに、それぞれの名を記したロールケーキを作った。半分ずつの大きさだが甘いものをあまり好まない男の子とダイエット中!と甘いものを極端に恐れる女の子には十分だろうと一人得心する。
楽進の恋人は彼の作ったものならば美味しい美味しいと喜んで食べるだろうし、ホウ統の恋人も生首と視線をかち合わせ泣き泣きながらもその上等な味を噛みしめるだろう。
次は何をつくろうか、嬉々として趙雲宅を後にした二人を見送り、「かんたん料理の本」を読みながら趙雲は子供たちの帰りを待つことにした。
3.
「子龍、出掛けるぞ!」
「ちょーうんどの〜、スイーツ食べ放題行こうよ〜!」
出たな、馬鹿従兄弟。とは心の中でひっそりと思った趙雲であったが、感情がそっくりまるっと顔に出ていたらしい。
テーブルに茶菓子とお茶、レシピ本や通販雑誌を広げて読んでいる姿は正しく昼下がりの人妻の気ままなティータイムだ。実際には彼は結婚していないし、今この時間も就業中である、そしてそもそも男である。
マンションに新しく越してきたこの従兄弟は近くの大学院に通う、実家は大企業のご子息様だ。自分の何が気に入ったのかこうして授業のない日は遊びに誘ってくるのだが、如何せん面倒だった。雇主の生まれたばかりの子供たちの面倒を見るよりも手間だった。
今日は最近駅前にできたという90分食べ放題の店に行こうという誘いだったが、今日は関平が早く帰ってくる日でもある。一刀両断に断れば両脇から腕を抱えられて一緒に行こうと泣きつかれる。夕飯の支度もまだだと怒鳴れば、ならば一緒に夕飯を食べて一緒に風呂に入って一緒に寝てくれたらいうことを聞く、とどちらにしても罰ゲームな提案をされて趙雲は作り笑いに青筋を立てた。
「劉備殿に許可を頂かなければなんとも、」
曖昧な言い回しで拒絶したものの、雇主がよいといえばよいのだな!と嬉々として電話をかけ始める。
それから二人の行動は目を瞠るものがあった。彼らは何故か直通で趙雲の雇主劉備に許可をとって居座ることを求めた。結局、趙雲はプラス二人分の夕食を作ることを余儀なくされ、帰宅した雇主に言い募ったものの「たのしくていいよね!」の一言が返ってきたばかりでこの仕事やめようかな、と考えてしまう趙雲であった。