花に群雲

生前、一度だけ、彼の生き方を諌めた事があった。
死に急ぐような戦をする彼を、放っては置けなかったのかもしれない。長篠で彼を生かした罪業への贖罪か哀れみか、ただ純粋に彼の命を惜しむが故か。其の全てであったし、どれでもなかったのかも知れない。けれど、確かに、あの時、慶次は幸村を花に擬えて死ぬなと止めたのだ。
幸村には常に死の影がべっとりと付き纏っていた。それは彼自身が望んだものかどうかはわからない。ただ、幸村は酷く穏やかに笑って「慶次殿も、」そう告げた。

「慶次殿も、どうか御身を大切に、」

緩やかな弧を描く瞳は真っ直ぐに慶次を射抜いていく。
慶次はぐ、と眉間に皺を寄せた。否定されるとわかっていた。わかっていても、いわなければならなかったのだ。

「そんな、悲しい御顔を、為さらないで下さい」

頬に触れてきた手を掴んで、力を籠める。骨が悲鳴を上げているだろうに、幸村は顔色一つ変えないどころか、微笑したまま目を伏せたのだ。

「雲が無くては雨が降らない。・・・雨が降らなければ、人は生きられませんから」

そう言った幸村が、自分に何を望んでいるのか理解した瞬間、慶次はぎりりと歯噛みした。



そして、あの、雲ひとつ無い青空の下、戦国最後の戦が終わりを告げた。



さあさあと春雨の降る縁側で、兼続は一人静かに書物を開いていた。徳川の治世になってから、兼続は直江の姓と職を主家に返上し、庵を構えてひっそりと暮らしていた。村の子供達を募って私塾を開き、慎ましやかな生活を送る時間が、兼続にとっては心の慰めであった。
兼続の庵に時折姿を現す男がいた。嘗て戦場で名を馳せた金獅子のような男である。
男は霧雨の中馬を駆ってきたようで、兼続と其の家人に促されるまま湯を浴びてきたばかりであった。小袖一枚に鳶色の羽織をかけて、男は庭に向いた兼続の前に歩きでた。

「折角咲いたというのに、勿体無いことだ」

庵の庭先に植えられた桜の木を眺めて、兼続が眉を寄せた。
咲き始めた花は長雨ですっかり色褪せ、花弁は地面に落ちてしまっている。

「、慶次?」

ぱしゃり、と素足のまま、慶次は庭に降り立ち、真っ直ぐに桜の木の下へと降り立った。手を伸ばせは成木に漸く手が届く。辛うじて枝に留め置かれた一輪の桜が雨の雫を伝わせる。
嘗て、慶次が其の生き様を花に喩えた男がいた。清廉な、そしてたおやかな男であった。

「涙雨、か」

ふつり、と雨水に打たれつづける花弁をそっと、慶次は摘み取った。
花が涙に泣き濡れるのは見たくはないと、手の内で覆う。
遠く、声が聞こえた。


(それに、慶次殿。雨が降らなければ、花は咲かないものなのですよ)









八万打を御礼してのアンケート結果第2位「花と雲 幸村がいなくて悲しい慶次」でした。
3エンパのあのイベントはほんと最上だと思うのです・・・!2(OROCHI含)ではずっと慶次を追いかけている幸村でしたが、此処に来て漸く対等に並べたのね、と感慨深い会話イベントでした。あの、悲しげな慶次の表情もまた好いのですよ・・・っ。
投票してくださった皆さま、ありがとうございます!