連れていってね、マイダーリン
※無双2大坂
燃え盛る大阪城を背に、立ち上がる気配の見せないそのひとに武蔵は厭な予感がした。
振り返れば横たわる男の頭を膝に乗せ、兜尾を緩めている姿が目に入った。周囲を火で囲まれているとは思えないほど穏やかな空気である。
ちりちりと舞う火の粉が武蔵の頬を、髪を焼く。
なにしてんだ、
心の奥底から無意識の内に吐き出された言葉であった。声は震えていたかもしれない。
驚愕する武蔵の声に柔らかな声が答える。其の声色がなぜか懐かしいような気がして、武蔵は泣きたくなった。
なに、やってんだよ…。
一度目よりは僅かに大きく、強めの声でもう一度、武蔵はいま己の目の前で起こっていることを、彼自身に否定してもらうためにも問う。
横たわる男がすでに息一つしていないのは武蔵自身よく理解している。
幸村を生かすために振るわれた太刀は、ほんの一瞬その動きを止めた。彼が幸村の親友であり想い人をであることを思い出したからなのかもしれない。誰もが死を覚悟した戦乱最後の大きな戦である。其の戦場で、武蔵は兼続を斬ることに躊躇したのだ。鬼気迫る風体で武蔵に対した兼続の剣が武蔵へと繰り出される。
けれど其の切っ先は武蔵へとは届かなかった。兼続の腹部を深々と突き刺した、朱色の槍によって。
武蔵はゆっくりと倒れていく兼続から目を放すことが出来なかった。
兼続を討つべきは自分でなければならなかったのだ。幸村であっては、ならかったのに。
幸村は兼続へと槍を振るった。
幸村から武蔵への答えはない。するりと紐が解かれ、兜は落ちた。火はますます勢いを増していく。退路まで断たれたとあっては犬死だ。
ここで死ぬつもりか、口にしてはいけないと理解していたし、頭の隅ではそれは口に出してはならないことだと警鐘が鳴る。それでも武蔵は言わずには居られなかった。告げて後悔することはわかっていた。けれど告げずとも後悔はしたであろう。どちらを選んでもしょうがないことであった。彼が選ぶ道は決まっていたし、覆らなかった。ただ、武蔵は感情のままに声を振り絞った。祈るように。
とても御辛かったことでしょう、
慈愛に満ちた穏やかな声であった。悲しくなるほど、やさしい声であった。
くるしかったでしょう、つらかったでしょう、
誰よりも義の世を望み、戦い…、けれど戦を嫌うやさしいこのかたが、一人で背負うにはどれほど重かったことでしょう、
わたしはこの人を裏切った。ならばせめて、その償いに、最後はこのひとがのぞむように。この方のおそばにいてさしあげたいのだ。
武蔵はただただ悲しくなるばかりであった。
(そんなふうに懇願などするな、ともに果ててしまいたいなど俺に頼んでくれるな、大馬鹿野郎、)
まっすぐなまなざしから逃げるように顔をそらした。その声は激しかったのか悲しみを含有した小さなつぶやきであったのか、しかし結局はごうごうと音を立てて燃え盛る天守の中で武蔵の声はかき消されてしまった。
勝手にしろ、
くるりと背を向けて、武蔵はまだかろうじて形を残している階段の方へ目を向けた。目に浮かぶ涙はあっというまにかわいていった。ちりちりと皮膚が焼け、のどが渇く。幾重にも折り重なる様々な感情に押しつぶされないよう、強く刀を握り締め、前を見つめて、武蔵は外へと走って行った。がらがらと崩れおちる塁壁の音を聞きながら。
なんてひどいおとこだったと思う、なんて惨酷な男だ。彼は、否、彼らはとても。
叫びたくとものどは焼けて、代わりに武蔵は生唾を飲み込む。
遠く小さくなっていくその姿を、幸村は確認するとそっと眼を伏せた。真の前でいくつものちいさな火の粉がはじけて消える。
幸村は名前を呼んだ。
その声はけっして彼には届かないけれど。
八万打を御礼してのアンケート結果第3位「勝手な兼続と一緒にいたい幸村」でした。
いつかは書きたかったネタです。一番かわいそうなのは武蔵かもしれないという…それにしてもタイトルが酷い。
投票してくださった皆さま、ありがとうございます!