あの世で一番君が好き! 1

行きつけの衆合地獄にある居酒屋での出来事であった。
白澤が桃太郎を連れて呑みに行けば、其処には既に賑やかに騒ぐいつもの地獄の面子が揃っていた。
互いに相手を確認して早々、言い合いになるのはいつものことで。淡々と杯を空にしては机の下に一升瓶をごろごろと寝転がせる鬼灯に対抗するように、サワーやら果実酒やら様々なアルコールを注文してはグラスを空にして、あっという間に酔っ払って呂律の回らなくなっている白澤の二人を隔離させ、桃太郎や閻魔、新人獄卒は仲良くビール片手に酒の肴を摘んでいた。
泥酔気味の酔っ払い一人を押し付けられた鬼灯の気分は些か芳しくなかった。ホワイトサワー片手に、自身の女性遍歴を語る白澤に、イライラが収まらないのだ。度数の低い酒で良くぞここまで酔えるものだと適当に相槌を打ちながら、枡で大吟醸を煽る。白澤の敷地内にある池ほどではないがなかなかに舌触りのいいそれを躊躇いもなく飲み干していく。
騒々しさに拍車をかける店内に反して、白澤がとうとう落ちた。
むにゃむにゃと聞き取れない声を発しながら、机に突っ伏してしまった白澤は頬を赤らめて幸せそうに寝息を立てはじめた。長い睫が店内に点る灯より陰影を作る。白い頬に切れ長の瞳、目尻を彩る朱色は白に良く映えて蟲惑的な雰囲気を醸し出す。文句なしの美貌である。女であれば沈魚落雁、傾国の美女。男であれば眉目秀麗と言ったところだろう。
額を隠すように伸ばされた黒髪をそっと指先で除けて、神獣である証にそっと触れた。其の感触にむずかる白澤に鬼灯は己の指先が熱を持っていくのがわかった。
女になってしまえばいいのに、と鬼灯は心の中で呟いた。
額の目に触れるくすぐったさに白澤は眠りの淵から引き戻されたのだろう、ぼんやりした顔を引き戻した張本人に向ける。
「白澤さん」
何だ、と無理矢理起こされたことに不機嫌さ丸出しで、温くなったコップの水に口をつける。酒でカラカラになった喉はそれでは足りないと抗議する。

「結婚しましょう」

ごとん、と空になったコップが畳の上に転がる。
千年より昔から数秒前まで不倶戴天の敵であった男からの真剣なプロポーズをはいそうですか、若しくは笑えない冗談だな、と受け取れるほど白澤は柔軟でなかったし冷静でもなかった。
「は?おまえ、・・・なにいって・・・?」
性を持たない神獣相手に馬鹿なことを、と呆れるよりも、人をからかって、と憤慨するよりも困惑が白澤の思考を留める。ぐいと手を引かれ、それすらも振り解けないほど白澤は固まっていた。掌に鬼灯の口付けが軽く触れるだけの程度で落とされる。其の光景に目を見開く白澤は幼く愛らしい。鬼灯は其の新しい白澤の表情に笑みを零す。そして、拒否は認めないと性急に身を乗り出して白澤の腰を引いて机越しに深々と口付けた。ますます混乱しぎゅうと目を閉じて体を強張らせる白澤を薄目で観察して十分に堪能してからやんわりと手を離す。
「明日、迎えに行きますから、準備していてくださいね」
にっこりと微笑まれたのを最後に、白澤の意識は完全にブラックアウトする。



それが昨夜の出来事であった。