ごとさなバレンタイン

送り主に恨みでもあるんじゃなかろうかと邪推しても仕方ないのではないだろうか、
基次は乱暴に破られた揚句これでもか、と丸められ放り投げられている高級チョコレートの包み紙を見て、呆れてしまった。
外面だけは恐ろしいほど上等で、その整った顔やモデル顔負けのスタイルにころりと騙される男は少なくはない。今現在、幸村の手の中でその数をどんどん減らしているカカオがよく香る一粒ゥン千円とするであろうチョコレートは、彼女によって躊躇いなく口に運ばれては粉々に噛み砕かれるを繰り返している。
もう少し味わって食ってやれよ、と思いながらも、そういえばこの送り主は幸村の性格を知ってなお、否、知りながら一層幸村に懸想する、真性ドMの男であったと思いなおす。
これっぽっちの躊躇いもなく容赦なくそしてあっけなく食べられてしまうことすら本望なのかもしれない。そういえば彼女を好ましいという奴らはこぞって皆がどこか面倒臭い性格であったり、奇妙な性癖の持ち主であったり、狂信的に幸村を慕うものであったり、兎に角変な輩が多かったと思い起こす。一見普通すぎるのが拍車をかけて恐ろしいと背筋を振るわせたのは記憶に新しい。
類は友を呼ぶのだろうか、と思ってから首を振る。冗談じゃない、それでは自分まで変態の仲間入りだ。いっしょにされては心外である。
そこまで考えて自分の足の合間に腰かけ、遠慮なく体重をかけてくる恋人の旋毛を見降ろした。
そのとき、ぬっと黒い塊が基次の鼻先につきつけられた。よくよく見てみればそれは今まさに最後の一つとなろうとしている幸村が貰ったチョコレートだ。
おすそわけのつもりか、背もたれとしていている謝礼のつもりか、ただの気まぐれか、ぱくりと基次は幸村の細い腕をつかんだまま、大きな一粒を口に含んだ。
とろり、と咥内でとろける甘さは上品なもので、なるほど高いだけはある、と舌鼓をうつ。幸村の指先の熱で溶けたものにもしっかりと舌をはわせると、彩っぽい笑い声が聞こえ、視線を向ければ幸村がくすくすと声を零していた。

「知ってますか、甘いものは人の気分を高揚させる効果があるんですよ、」

だから私は甘いものが好きなんです、うっとりと目元を赤らめて笑みを浮かべる幸村は他の波者の追随を許さぬ艶やかさと美しさを醸し出している。これが男たちを魅了してやまないのだと唯一の勝者である基次は誇らしいよりも幸村に感心した。

「まるで戦場に立った時のよう、・・・そう思いませんか、《またべ》どの、」

この赤も、と幸村は指先で空になった箱を弾いた。この噎せ返るような毒々しい香りも、口端を釣り上げて笑う「彼」の癖も全く変わっていない。そういえば「彼」はなによりも戦の空気を好み、愛していた。あきれるほど純粋に、それだけを。

「お前はいつだってそればっかりだな、」

まっすぐに一つを愛しつづける「彼」の強情さに苦笑を零せば、ぱちりとまんまるに見開かれた瞳が基次を射抜いた。
あまり見ない表情だと意趣返しが成功した時のように心が弾んだ。けれどそれは短い間だけで、すぐさまその瞳は細められる。

「ふふ、当然でしょう。私がもののふであることは私の魂にきざみこまれているのですから!」

未来永劫、何度と輪廻転生しても決して消えることのないまるで罪業の様なそれを、愛おしいと「彼」は鳴く。
しかし飽きることも厭うこともなくそれに何度とつきあう自分も、やはり大概におかしな人間なのかもしれないと、息の詰まるほどの甘い香りに酔いしれるのであった。




「あ、またべどの、そのチョコ分、来月は三倍返しでよろしく」
「ふざけんな」