終愛記念日

すまないね、鋼の、
そんな顔をさせたかったわけじゃない、とエドワードはおのれを深く呪った。
私がもしひとかどの娘であったならば、私は君のもう一人の家族になれたのかもしれない。
目じりを下げた悲しそうな表情だ。
平生は不敵な笑みを浮かべるだけの彼女の、終ぞ見たことのない悲哀の微笑み。
しかし、たとえもしそうであったならば、私は君とは出会わなかっただろう。
けして。そう断言する彼女に、エドワードは無言の肯定を示した。
もしも、たとえなんらかの運命のいたずらで私が君とであったとしても、恋に落ちることはないだろう。
それすらその通りだと顔を伏せ、もうこれ以上真実を突くのは勘弁して欲しいとエドワードは逃げを打つ。けれど生来の天の邪鬼気質というか負けん気といったものか、エドワードはじっと、彼女の言葉に耳を傾ける。
なにゆえか。「それ」は「私」ではないからだ。戦争のなんたるかも知らず日々を生きている「それ」を、きっと君は記憶の片隅にすらとどめないだろう。
それはとてもかなしいことだ、たえられない、と殊更泣きそうな表情で彼女は高質な声を一転、頼りなく呟いた。
ははっ、「私」が「私」であるがゆえに恋をした、などと三流映画の決め台詞のようなものをこの年で声に出して言うなんて思ってもいなかったよ。けれどこれは事実なのだよ、鋼の。
顔を上げて、もう一度彼女は作り笑いを見せる。
全てあきらめた人間が最後に見せるそれに等しいものを感じて、エドワードは歯を噛み締めた。
ならどうすればよいのか、
ゆるりと細い指が持ち上がる。躊躇いの無い地獄の業火を生み出す、忌まわしき指先が。



わすれてしまうことだよ、鋼の。

鈍器で後頭部を殴られたときのような眩暈が襲う。
もとからなにもなかったのだ、私達の間には。私は君たち兄弟の上司であり、後見人にすぎない。
そうだろう、と言い聞かせるように首を傾げる姿に、エドワードは絶句した。
そんな悲しみに凝った瞳でみつめてくれるな。

ただ、アンタを愛したいだけなのに。










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