LOVERS!






「後藤又兵衛基次!」
びしりと指差ししてくる大坂の実質の最高権力者を前に、基次は至極迷惑そうな顔をした。不敬とも取れる反応であったが、それを咎める女ではない。代わりに画くも喧しく騒ぎ立てるのは、城内では常に女に付き従う大野修理だ。後藤又兵衛!と気性の激しい小型犬よろしくキャンキャンと突っかかってくる。
煩い、面倒、逃げたい、と口端をここまでかというほど下げて苦い顔を無意識にしていたらしい。基次の態度は修理の怒りに油を注ぐ、しかしそんなことは淀にとってはどうでもいいことである。
「今日こそ明白にさせようぞ!」
何のことだと立場上逃げられない基次からは、ならばさっさと終わらせようといった目論見が第三者には手に取るようにわかる。淀はと眼を吊り上げて捲し立て、さも憎らしいと歯噛みする。どうしたって負けるわけにはいかない、淀の背負った炎が赤々と燃える。すぅ、と一息吸って、啖呵を切った。

「わらわとそなた、どちらが真田にふさわしいか!」

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
盛大な間。
てっきり宣戦布告された基次が息巻いて拳を握るものだと思っていた淀は、基次のあまりの顔に目を瞬いて閉口する。
渋いというか、苦いというか。わかるのは「どうしてそんな話になっているのか理解できない」という顔だということだ。淀の唐突な発言に、修理は傾いでいる。その理由を、基次はよく知っている。

(よりによって、真田。)

淀は絶妙な顔をしている男二人を交互に見遣り、首を傾げる。何をそう変な顔をする、と怪訝な表情を浮かべて、今にも問い質す勢いだ。その勢いを削いだのは、件の男だった。
「なにをしてらっしゃるので?」
にゅ、と現れた男に、淀は乙女のように頬を赤らめ歓喜の声を上げる。先ほどまでメンチを切っていた容貌とはかけ離れていて、女とは怖いものだと身震いせざるを得ない。呆ける修理を突き飛ばし、(可哀そうなことに、薙刀を棒切れのごとく軽く振り回す淀の腕力に思いきり胸を突かれ、修理は襖に盛大に突っ込んでいる)恥じらい気味にそっと、真田に寄り添った。
「そなたのことを話しておったのだよ、左衛門佐」
「ふうん、・・・私のことを蚊帳の外に追いやって、御人が悪い」
「おや、そんなに拗ねないでおくれ!うふふ、まこと、そなたは愛らしい」
口元を隠し真田に身を預けてふふ、と笑う淀との彼のやり取りに、基次は辟易とする。唇を尖らせて批難する声色であるものの、その瞳は酷く無関心だ。どうでもよいと思うならば、わざわざやってこなければいいのに。捻くれた性格の男に、基次はひっそりと溜息を零した。その時、遠くから騒々しく淀付の女中が姿を見せた。淀と女中は何事か言葉を交わすと淀は一度、幸村に名残惜しげに視線を投げると、首を振って立ち去ってしまった。置いていかれた修理は我に返ると慌ててその後を追った。
最後に基次に剣呑な目で睨みつけることを忘れずに。

ふう、と盛大な溜息をついたと思いきや基次は大きく開けた口を噛み、目を見張る。父親の陰に隠れるようにこちらを見上げる一対の意志の籠った真っ黒な瞳を見つけた。
「大助、」
声が重なる。基次と幸村。
基次は幸村が大坂に連れ立ってきたこの長男を、嫌いではなかった。むしろ、この時勢においてもののふとしての多くを思い起こさせる凛とした姿勢が好ましかった。口を揃えて父親には似ていない、と笑ったものだったが、その裡に流れ潜むものは寸分の違いもなかった。挨拶の時機を逃したのか、眉を下げて心持小さくなっている少年に基次は笑みを向けた。途端、明るく大助は父の陰から飛び出てきた。
「又兵衛殿!」
にこにこ、と天真爛漫の四字がよく似合う。いつでも何かしら企んだ薄ら笑いを浮かべるどこぞの誰かとは全く似ても似つかないと、腰に飛びついてきた大助の頭をごしごしと撫でた。
「又兵衛殿、聞いてください、父上は酷いのですよ!」
まんまるに頬を膨らまして、母に言いつける口振りで恨み言を告げる。なんだ、と伺ってやれば、少年の後ろでは父が苦笑いを零している。
「父上は約束を破ったのです!此度の戦では一緒に連れて行ってくれるといったのに!結局連れて行ったのは小介たちばかり!」
地団駄を踏む大助の気持ちも、幸村の気持ちもわからないわけではない。
事実、基次にも大助と幾つかしか年の違わない息子がいる。血気盛んな若い頃は誰も同じように戦場に出たいと駄々を捏ねるものだ。父が無類の戦好きであれば、尚更。
「大助、お前の父親がお前を連れていかないのにはわけがあるんだろう」
神妙な顔つきになった基次に、じっと聞きいるように大助は見上げている。
「突拍子もない傍迷惑な戦好きの天邪鬼で途轍もなくめんどくさい男でも、」
「それ、言いすぎじゃないですか」
「他人の迷惑を顧みない、身勝手で、どうしようもない愉快犯でも、」
つらつらと日頃の恨みと言わんばかりに紡がれる罵詈雑言に、幸村も顔を歪めている。平生とは正反対な二人、いつもの面子がいればやんややんやと騒ぎ立てるだろうに。

「息子の死ぬべき場所は華々しく飾ってやりたいのだろう」

闇夜の中で、辺りを鬱蒼とした森林に囲まれた山々の合間などではなく、両軍大数がぶつかり合う戦場で、名を語り泰然と戦場を駆けて、そして、討ち死にすることを、父として年若くして死する息子にしてやれる、最期のことだと。その気持ちは基次は痛いほどにわかる。一つの武士として、父に付き従って死ぬのではなく、後世に名を残すような最期を。
だから、基次は、淀の質した問いの答えを知っている。
「、又兵衛殿?」
ことりと首を傾げる姿を、ぼんやりと見下ろす。
残酷なまでに明白な答え。きっと、幸村は「淀」とも「基次」とも答えないだろう。
ましてや、息子の名も、それでいて、誰も選ばないとは言わないのだ。
そう、答えるならば、彼は迷いなく笑ってこう声高に言うだろう。

最期に自分が選ぶのは、「ともに死んでいける方」なのだ、と。








「どっちか一人、選んで頂戴!」をコンセプトに淀とまたべの真田争奪戦を目指したところこんな薄暗いオチになりました。
「超高性能機器で狙って飛ばしたものの、着地点が第三者」感が否めなのですが、まあ、これもいつものこと。反省。
今度こそはギャグチックにしめたいものです。