同じ墓標の上に立つ者

互いに同じ罪悪を背負うものとして、この関係は必然で不可欠、かつ半永久に続くものだと信じていた。
等しい業などと言えば彼は鼻で嗤って、至極悲しい目で「お前と俺とは違うだろう、」などとどこか言い聞かせるような声色で反論するだろうが、それは彼が、自分と彼自身とでその手にかけた命の数を引き合いに出しているのだとしたら、それは大きな間違いだと言い聞かせていただろう。
自分たちの悪業は、その数で大なり小なりを決めることなどできるものではないのだから。きっとそれを彼は理解しながら親友を少しでも救うために言い放つのだろう。故にヒューズは敢えて、言葉にすることはなかった。
戦後ヒューズがグレイシアと一層仲を深めたその後も、なお関係は続いていた。共犯と言い表すほどの強固に縛られた関係ではなかったけれど。
その、どこか歪な関係を終わらせたのは、他者ではなかった。
他でもない、ロイ自身の一言によって、終わりは無情に宣告された。

「ヒューズ、もう、やめよう」
グレイシアいう美しく聡明な恋人がいる身にも関わらずともすれば男女のような関係を続けていることに、ロイは正しき倫理観から終わりを持ちかけたわけではなかったようだが、ヒューズには彼が関係を終わらせるその理由が判らなかった。判らないなりに考えて結論付けても、それはやはり確固たるものではなく、さらにヒューズは困惑した。
「、どうしてだ」
その間僅か数秒間。ヒューズの鋭い声と責めるような眼光から、ロイは目を逸らして口を閉ざした。
互いに互いの存在こそが、無ければならないもののはずだ。
ヒューズは口にはしなかったが、心の中で、ロイを問い詰める。例え、体の関係を伴わなくとも、共にいることが必然であった。けれど、ロイの言葉には、その別れすら含有されていた。
元の関係に戻る、それは即ち、戦場での再会よりも昔に、時折偶然に顔を見合わせるくらいの、いうなればただの顔見知りに戻ろうと言うのだ。
急な坂を転げ落ちるようにして始まった関係ではあったが、ヒューズにとっては心地よいものであったし、なによりロイを愛していた。陳腐な言葉だが、ヒューズは確かに、ロイを大切にしていた。
罪悪を理解しあう者同士と口では吐き捨てていても、その関係が愛を囁く睦言からは遥か遠く離れたものであっても。
「わからないのか、」
休日の真昼の喧騒に掻き消えてしまうかもしれないくらい、小さな声だった。
怪訝な顔で、ヒューズはロイに答えを求めた。判るはずがない。つい先刻まで彼の部屋で時を忘れるほど肌を重ねていたのに、今まさにこの瞬間、ロイはヒューズと自分の間に壁を、それも厚く硬く到底超えられるべくも無い高い壁を作ろうとしているのだ。案の定ヒューズが答えを待つ姿を一瞥して、ロイは嘲笑する。
「わかるはずがないだろうな」
その一言に、ヒューズは怒りを覚えたが、それをロイに向けることはなかった。じっと、ロイを見つめ、彼が言いだしたことの真意を求めている。
その一方で見下ろす真摯な瞳と拳を握り締めた姿が、ロイにとっては何よりも不快なものだった。
「おまえは、そういうやつだから」
言い捨てて、高らかに笑う。
「ロイ、」
突然笑い転げる親友の姿に、ヒューズは躊躇と焦りを見せた。それがますます楽しくて、面白くなくて、ロイは肩に添えられたヒューズの腕をありったけの力で掴んで払った。
代わりに胸倉を掴んで顔を引き寄せる。唇が触れてしまいそうなほど近くに。

「、呪われてしまえ」

純粋な憎悪の言葉を向けて、ロイはヒューズを突き飛ばした。
踏鞴を踏んで踏みとどまったものの、ヒューズはロイから向けられた悪意にただ、呆然とする。憎まれる心当たりなど終ぞなく、かといってそれを面と向かって尋ねることも憚られた。それほどに、ロイから向けられた憎悪は激しいもので、ヒューズが軽口を叩いて聞くことはできなかった。
間誤付くヒューズは想定どおりだったのか、ロイは目を細め嫌な笑いを浮かべた。眉間に皺を寄せるのも愉快だという風情で。
「私を捨てるのだろう、ヒューズ」
断言される。
「何が同じ罪悪だ。何が等しく罪を背負う、だ。この、大嘘吐きめ」
いったん区切られて強調された嘘つきという単語に、ヒューズは眩暈を覚える。戯れに軽口を叩いたことはあっても今のように糾弾されたことなどなかった。何故に彼は自分を嘘つきというのか、全く分からずヒューズは閉口を続けた。たったひとつ、急速に浮かんだ大きな心あたりから目を背けて。
「ふん、白々しい」
ヒューズの心臓が跳ねる。これでもまだわからないと言い張るつもりか、瞳は悠然と物語っている。
「結婚するのだろう、彼女と」
昨日までは無かったはずのヒューズの左手の薬指にはめられた銀の指輪を、まるで汚物に対するように、ロイは忌々しげに指差した。ヒューズの心当たりはくしくも的を射た形になった。
「私を捨てて」
何か反論はあるか、と顎を上げる姿はまさしくこの空間の支配者だ。
ヒューズは違うと俯いた。確かに彼女とは結婚する。けれどそれはお前に対する裏切りじゃない。そう言いたくとも、喉の奥が張り付いて、ヒューズは唾を飲み込むだけだった。沈黙を肯定ととったロイは、今までの、肉食獣が獲物を前にしたときに似た獰猛さの一切を失い、酷く、悲しみに暮れた表情を見せた。その顔があまりにも沈痛で、いまにも泣きだしてしまいそうで、ヒューズは擦れた声で精一杯告げた。違う。
「違わない、だって私はいまでも戦場にいる。目を閉じれば鮮明に人の生き死にが見える、…でも、おまえには、もう、みえないのだな」
死の淵で、それでも憎しみに満ち満ちた瞳で、ロイは呪われた。
当然のことだと割り切って見せても、その風景は脳裏にこびりつき、消えることはない。自分の作り出す焔に捲かれた人間が、焼け爛れた両腕を伸ばし、ロイの首に絡みつく。その恐怖と押しつぶされそうな憎しみに、ロイは幾度となくその悪夢からはね起きた。
同じ罪悪を背負うと言うならば、お前にもわかるだろう。
如実に語る濡れた瞳。ヒューズはベッドについたロイの指先が震えていることに、今更ながらに気づく。あるのは、後悔だけだ。
「ヒューズ、」
聞きなれた声のはずだった。それが、今は震え、擦れている。
「だから、」
真っ直ぐに射抜いてくる瞳は、大きく見開かれている。
「呪われてしまえ」

ぽた、と彼が落とす透明な雫をヒューズは初めて目にした。
悲しみと怒りと、そして微かな安堵を含んだ、何よりも美しい落涙だ。
ヒューズは久しく、悪夢を見ていない。







配布元:サンライズ