見果てぬ夢



「ここで死合っておわりにしよう」


狂気に満ち満ちた願いを求める兼続を前に、幸村は槍を振るう。
久しく戦場から離れていたと言っても二人はもののふであった、何度と打ち合いが続く。
勝敗を決したのは幸村のまっすぐな一振りであった。地面に膝をつきうなだれる兼続は凝った瞳を幸村へと向けた。
なにゆえ私を殺さなかった、と雄弁に瞳は語る。
応える幸村の眼差しはどこか空虚だ。
友であるが故か、それともただの憐みか、
まるでそうであってほしいと求めるような問いかけは、徐々に語調を荒くし幸村の行動を問い詰め糾弾するようであった。
けれど同時に兼続はそれを否定して欲しいと願っている。
もう友だなどとは呼んでくれるな、こんな自分を憐むよりもどうか。
その願いの最後の言葉は兼続自身定かではなかった。もとより、幸村の言い放った言葉に、兼続はしばし思考を止めたのだから。
私が貴方様を殺さなかったのは、一重に貴方様に世話になったという恩があったからです
弁丸と呼ばれしころに受けた恩義に報いて殺さぬのだと幸村は述べた。
そして、
そしてもとより、私の狙うは家康の首ただひとつでございますゆえ。
ふわりと微笑む姿は沈む太陽の逆光を浴びて、恐ろしく綺麗で。
茫然と絶望に打ちひしがれる兼続に、幸村は小さく眉を寄せて首を傾げた。兼続がそれほどまでに悲壮な表情をする理由が判らぬのだろう。
、貴方様はどのような言葉を望むのですか
慈悲に満ちた母御のように錯覚させられる。
その言葉を私が言えば、貴方様は満足するのでしょうか、
突き刺さる言葉に、兼続は言葉を失う。無邪気な問いかけだった。
無音が二人の間にあった。
幸村が手を差し伸べようと手を持ち上げたその時、遠くで声が上がる。幸村は既にそちらに気を取られているようで、兼続には目も向けない。
いかなくては、
指笛をふいて、満身創痍の愛馬を呼ぶ。それをやさしく一撫でするとまたがり、颯爽とかけていく。
僅かな躊躇いも場も残さず戦場に向かっていく姿を、兼続は見つめていた。
幸村はだれも救わない。
彼の一言で絶対に救われる存在があっても、彼はまっすぐただ事実だけを述べて、容赦なくすがる手をたたきのめし地獄に落とすのだ。
故にその無情さに人は一縷の望みをもって救いを求めるのかもしれない。
兼続が、そうであったように。







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