ワールド・エンド

c.m.b. Wパロ
前提として
・家康は昌幸にとって勝頼の仇
・昌幸の娘幸村の婿殿は三成
・三幸は昌幸の殺人を止めるつもりです



「遅かったな」
「っ、昌幸殿…」
眉を寄せ、三成は義父の名を呼んだ。呼ばれた昌幸は力無く腰を下ろしている。空虚な眼差しで足下に粉々になって壊れている小振りの麻酔銃を見つめて。
三成は拳を握り締めた。最愛の妻の父、自身の義父を責めることは躊躇われた。けれども、三成は昌幸に問う。
「貴方は本当にあの男を手にかけたと…?」
「ああ、そうだ。…お前が、もしアイツを助けたいって言うんなら、勝手にしな。…まぁ、無理だと思うがな」
喉の奥で声を潰して笑ってみせる。
幸村と三成が昌幸を見つけた時には全てが手遅れであった。氷河の上に腰掛ける父の姿に幸村は悲痛な面持ちで、口を閉ざし続けた。人を殺した父を責めることも問いただすことも出来なかったからだ。

「…あの人は、本当に大馬鹿者だった」
くく、と自嘲を。
しかしどこかやり遂げたような晴れやかさも滲ませて。
「……あの蝶を見つけたのは、俺だ」
ぽつりぽつりと昌幸は己の過去を語り出す。それは幸村さえ知らなかった、父昌幸の最初で最後の恋の話だった。
「大学生時代に二人でこの氷河をトレッキングしたんだよ。足を滑らせてクレバスに落ちたとき、俺は氷河の間に羽根を挟まれた蝶を見つけた」
恋人が蝶を好きなことを知っていた昌幸は心配して声を掛ける彼を呼んだ。そして昌幸が見つけたその蝶が幻の蝶であることに気付き彼は大喜びした。生息地さえも明らかでない、世界で六頭しか発見されていない遠に絶滅した蝶。早速大学で発表したい、と息巻く恋人に昌幸は冷たい視線を投げて、

――断る。

その一声に恋人は慌てた。世紀の大発見だとあの手この手で説得を試みるも、昌幸は頑として首を縦には振らない。

――アンタは俺と蝶、どっちが大事なんですか?

この場所の事を誰かに話せば別れる、と背を向ければ、困った顔で逡巡したもののそれは本当に一瞬のことで直ぐに分かったと眉を下げて笑った。思った通りの答えに、昌幸も満足げに笑みを浮かべた。
「…あの人、蝶を見つけた事は喋ったみたいだが、…この場所のことは、絶対に言わなかったんだな…」
笑って昌幸は片手で両眼を覆う。
きっと悔しかっただろうに、苦しかっただろうに。
戦争が終わり、上院議員になった昌幸はその権力を行使し必死になって恋人を探した。けれども現実は残酷なもので。捕らえられた兄二人も恋人も、二度と戻っては来なかった。そして隠された戦争の闇を、恋人の最期を知った。殴られ電流を掛けられ、そして最後は生きたまま空から海へと投げ捨てられた。
「だから、俺もあの人にしてやれることをしなくては…」
目許は隠されたまま、口元が無理矢理釣り上げられて、頬には透明な雫が伝った。
「昌幸殿、だからといって貴方がこんな犯罪を」
「犯罪?」
手を下ろして三成に見せたその表情はいつもの皮肉を込めた笑みだ。

「犯罪かどうかは法が決めること。…でも俺には届かないさ」





この世界が終わるまで。