君に期す


幼い関興と張苞を片手ずつに抱いて、趙雲は暫し困惑していた。
むっすりと聊か無愛想で関興は趙雲の右隣にぴったりとくっついて彼女の胸元を握って離さない。その一方、左隣にこちらも隙間なく身を寄せている張苞はぎゃんぎゃんと叫んで、小さな掌で趙雲の腕の中から関興を押しのけようとしている。そのため、関興の趙雲を掴む手にはますます力が込められていくのだ。
手ごろな木箱に腰かけて演習を眺めていた趙雲の前に二人が現れた時はこれほど険悪ではなかったはずだ。
何がどうしてこうなったのかわからないまま、趙雲の太腿に両足を絡め言い合う幼い義兄弟の子供に挟まれて頭を抱える。触れる柔らかな感触に趙雲ははたと思い当たる。

ああ、そういえば発端はこれだったのかもしれない。


綺麗な花の髪飾りを趙雲は馬超から渡された。
何故、と首を傾げているとそっぽを向いたまま彼は貰い物だと言った。「贔屓の行商人に良いものだと押し付けられ、渡す相手などいないと断ったものの随分強引に押し切られ手に余っていたが、不用意にそこらの女に渡して勘違いされるよりも洒落っ気の一つないお前に渡してやった方が善行だ」という内容を早口に、誰も聞いてもいないのにも関わらず(しかも余計なことまで加えて)話してくれた。
あんなに真っ赤になるまで強く言わなくてもいいと思うのだが。洒落っ気一つないというのは余計なお世話だ。
かくして、桃色の髪飾りは趙雲の手に委ねられたものの正直趙雲もどうしたらよいのかわからない、と首を捻っていた。
そこに丁度、星彩が通りかかったのだ。
趙雲は彼女の武芸の指南役として、日々鍛錬に精を出す彼女にこそ与えられるべきものだと星彩のもとへ歩み寄った。両掌の中で鎮座する愛らしい髪飾りに星彩は無言ながらもきらきらと煌めく眼差しで趙雲を見上げた。
「いつもがんばっている御褒美だよ、貰い物で申し訳ないけれど、」
趙雲はおのれの無聊を謝罪し、この子がこんなに喜ぶのならば自分で見繕って送ってやればよかったとひっそり思ったものだったが、自身の感性では到底彼女の気に入るものを選ぶことなど無理だっただろうと偶然居合わせた馬超に感謝した。
早速髪につけてやれば星彩は目に見えて喜び、ありがとうございます、と一礼するとおそらく兄か父に見せに行ったのだろう、その足取りは弾んでいた。

その直後だ。
関興がしろつめの花を握って現れたのは。

関羽に頼まれ彼ら兄弟の武術から作法までの一切を師事する趙雲に、彼らは我が姉、否それ以上に慕ってくれている。嬉しくなって趙雲は腰を屈め、視線を合わせて受け取った。
「ありがとう」
趙雲の指の合間で、しろつめが揺れる。
「生けてやらねばね、」
そういうと途端関興の表情が曇る。
幼いながらあまり感情を顔に出さない子が目に見えて落胆したのに、慌てて何がいけなかったのか聞いてみる。
すると関興は趙雲の手にあるしろつめを手に、趙雲の耳元にそれを指した。すぐに合点がいく。もしかしたら関興は星彩と自分のやり取りを見ていたのかもしれない。拙いながらも愛情を精一杯向けてくれることに趙雲は喜びを隠せない、感極まってぎゅうと関興を抱きしめる。
「ありがとう、関興」
擽ったそうに、けれど満足げにうっすらと頬を染める関興に趙雲はなお一層力を込めた。
「あー!!」
そこに二人に割って入ったのは張苞である。その手には関興のときと同じ、しろつめの花。
しかしこちらは関興が束ねていたのとは反対に編みこまれ輪のようになっている。張苞は足音荒く二人の間に向かってくると力いっぱい引き離す。そして趙雲の方を向くと、その花の輪っかを頭に乗せた。
「趙雲どの、お似合いです!」
天真爛漫の笑顔にありがとうとお返しに笑って答える。へへ、と照れ笑いする張苞の弾んだ声の後ろ、無理矢理退かされた関興はむっすりと不機嫌を顕わにしていた。ぐいと、張苞を押しのけて趙雲の前に立つ。
「お綺麗です、趙雲どの」
ほわりと和らぐ幼い顔、子供の好きな趙雲に懐いてくれる子供たちの無邪気な笑みは強かった。


そのあとはあれこれとされるがまま趙雲はもと居た場所に座らされた。そしてその両脇を関興、張苞がかっちりと押さえている、母性を刺激され趙雲は目元を和らげて、腕の中喧嘩する二人を問答無用で抱き寄せた。
そしてこめかみに口付ければ目を丸くして二人は大人しくなった。
まだ十にも満たない次代の子供たちがこれからを背負って立つのだ。なお一層愛しいと、小さな頭を引き寄せ趙雲は微笑んだ。




歳月がたち、趙雲は腕組みして酷い頭痛を堪えていた。理由は目の前で徒手を組む二人の若い青年。
観衆が押し寄せ、一種の御前試合のようになっている。しかし、この試合で勝ったものがもらえるのは名誉や褒章などではなかった。
「俺が先に好きになったんだ!関興がすっこんでてくれよな!」
「なにをいっているのか理解できない、趙雲殿は私の伴侶になる人だ」
「はあ!?お前こそ何言ってんだよ!」
互いに武勇で名を馳せる歴戦の将を父に持つ者同士である。息子たちの武芸を酒の肴に義兄弟たちはこれ以上ないほど賑わっている。
諦観し肩を落とす趙雲に酒杯をもった劉備が近づく。
「殿・・・、」
「大変だな関興も張苞も。勝っても次は姜維と馬超が控えているぞ」
はて、馬岱も手を上げていたか、と首を傾げている。
趙雲は大きくため息を一つ。
「・・・育て間違ったのでしょうか、よりにもよってこんなおばさんがいいなどとは・・・」
父である関羽、張飛に申し訳なく思うと同時に甘やかしてしまった過去を悔いる。
「あまり気を落とさないでください、趙雲殿」
ひょこりと関索が顔を出す。聊か酒に酔っているのか、その頬は薄らと朱を帯びている。
「綺麗な人には笑っていてほしいものですから」
関策は恭しく趙雲の手を取る。
「関策ー!」
それを見咎めた鮑三娘と関興、張苞の声が、漸く春を迎えた蜀の大地に響き渡った。







二つ目は若手組と趙雲。
この組み合わせたまらん!