※某少女漫画パロ
夏の暑い季節だ。
正則は高校の夏休みということもあって持て余す余暇を潰しに、友人である清正の家に上がり込んでいた。
清正は家庭の事情から両親とは別に、妹と二人で生活している。詳しいことは、正則は知らないし、聞くこともなかった。正則にとって清正は本当の意味で心許せる唯一無二の親友だと思っていたし、清正も公に肯定はしなかったものの、嫌な顔一つすることはなかった。
四畳半の畳張りの築三十年以上経つアパートは、風の通りも悪く真夏という時節も相俟って頗る暑苦しかった。正則は勝手知ったると空の冷蔵庫の一番上に申し訳程度に設けられた冷凍室の扉を開けると、箱を一箱取り出す。正則が買い置きしているアイスの箱には三本のソーダ味のかき氷が残っていた。がりがりと咀嚼しながらランニングとジャージ姿で正則は台所と居間を仕切る擦りガラスの引き戸を器用に足で横に押す。
太陽が徐々に傾いていく時分であった。西に面した窓の前で、清正は肩肘を窓辺にかけて外を眺めていた。煌々と燃える炎のような夕陽であった。広い河川沿いに建つ清正のアパートからは、夕日が沈むのが綺麗に見えた。河川に面して作られている公園と広場からはたくさんの子ども達の声が聞こえる。そこに散歩中の犬の鳴き声や、自転車のベルを鳴らす音が混じり、遠く賑やかであった。
居間は扇風機の音だけが時の流れを感じさせていた。首を振って清正の汗を引かせている扇風機は、もとは白かったのだろうが、日焼けし薄らと茶色がかっている。強めの風にさらさらと靡く黒髪は幼い少女のものだった。生まれつき白灰色の清正とは全く違う色。硬めの清正とは異なり黒髪はしっとりと滑らかである。人工的な風の音に混じって、耳を良く傾けるとすよすよと寝息が聞こえた。騒ぎ疲れて眠ってしまっているのだろう。清正の腕に抱かれて、彼の妹の幸村は全身を兄に預けきって、その胸に頭を寄せて、ぐっすりと眠っていた。
幸村は清正の実妹であるとともに、正則にとっても可愛い妹分であった。一人っ子の正則にとって兄弟とは憧れそのもので。当の幸村も正則によく懐き、傍から見れば、仲の良い清正と正則の関係もあってか三人はまことの兄弟のようであった。遠くで、野球のバットがボールを打ち返す音と、続いて少年たちが何事か叫ぶ声がわあと勢いを増した。
「なあ、言わねぇの?」
最後の一口を飲み込んで、木の棒を噛みながら、正則は二人の前に腰を下ろした。
申し訳程度に風が正則の髪を揺らす。
「いわない、」
清正の答えにふーん、と正則が頭をかく。
清正は視線を幸村に落とし、汗で額に張り付いた前髪をよけていた。
「なんでだ?」
少しむずがった幸村であったが、そのまま幸村は態勢を変えて、それでも清正に凭れかかったまま目を開くことはない。
「俺が男になったら、こいつが泣く」
清正の瞳には家族に対するものとは違った色が浮かんでいる。
もう一度正則はふーん、と鼻を鳴らした。
「なら、離れりゃいいじゃねぇの?」
ゴミ箱に木の棒を捨ると軽い音がした。
テレビもおもちゃも何一つ娯楽のない部屋である。一人用の机がぽつんと畳の上に置かれている以外は本当に何もない空間であった。
「それは、だめだ」
先ほどより語調の強い否定に正則が首を傾げる。
清正の指先がそっと、幸村の頬にふれた。平生からはにわかに信じがたい清正の割れものに触れるような指先に正則は眼を瞬いた。清正は酷く泣きそうな表情をしていた。
「俺が、たえられない」
暫し互いに口を閉ざした。
遠く騒がしかった声はいつの間にか小さくなって、空は赤から濃紫へと、姿を変えている。目を凝らせば一番星が輝いていることだろう。
「そーいうもんかぁ?」
ごろりと帰る気配すら見せず正則は畳の上に寝転がる。そしてすぐに鼾をかいて夢の中に消えて行った親友に呆れながらも自然と笑みが浮かんだ。
「そういうもんなんだよ」
誰にともなくそう溢して、清正は幸村を抱きしめる腕に僅かに力を込めた。
配布元:サンライズ