恋ごころよ、
1.はじめましてさようなら
出逢った時より、この想いは報われぬのだと気付いていた。
穏やかに微笑む彼は兄弟同然に育った男の恋人であったからだ。二人の出逢いは自分より僅かに早い上田城での戦いで、清正はその事実を知ったとき愕然としたものであった。
もしも三成ではなく自分が上田への命を受けていれば、彼は。其処まで考えて清正は頭を振るのであった。今更どうこう言っても仕方のないことなのだ。
ならばせめて、この想いは仕舞い込んでともに笑っていたいと、清正は願わずにはいられなかった。
2.叶えられなくてごめんね
時折幸村は酷く悲しそうな表情を浮かべる。それはふとした瞬間、清正と視線がぶつかったときだ。理由は互いに明白で。清正はいたたまれなくなる。自分の勝手な感情が彼を困らせ哀しませる。そう思っていても到底どうにかできることではなく、結局は互いに気まずい思いを耐えるしかなかった。
一度清正は謝罪されたことがあった。ごめんなさい、と。なにをさして謝罪したのかいわれずとも清正は瞬時に理解し、目を臥せたのであった。
幸村はどうしようもなく泣きたくなる。それは一人で鍛錬をしていてふと手を止めたとき、三成と二人きりでいるときですら。そのようなときだけは妙に敏い三成が怪訝に眉を寄せ、優しく尋ねてくるものの、幸村はただ首を振る。
どうしようもないことだ、と自分に言い聞かせてみても、時折感じる清正の眼差しに、哀しくなるのも必然であった。
3.鎮まってお願いだから
幸村、
清正は一人槍を奮う青年に声をかける。青年は槍を下ろすと振り返り、微笑を浮かべ清正に応えた。
騒々しい大坂にあって、清正が幸村に声を掛ける一場面だけは、嘗ての大坂を思い興させる。
戦のない時勢にあっても体を動かすことを好む二人はよく手合わせをしていた。その時ばかりは、まっさらな気持ちでいられたからという理由もあったのだが。
忙しない城内で、漸く一息ついた清正は入城してから暫く顔を会わせていなかった幸村の姿を改めて見て、腹の底から忘れていた感情が沸き起こるのを感じた。否、忘れていたのではなかった。西と東に別れたことによって清正は幸村と会うことは久しくなかった。清正はその現実にかこつけて顔を背けていたのだ。けれども再会してしまった今、それは不可能だった。無かったことにすることも、忘れたふりでいることも。
手を伸ばしてしまいたい衝動をきつく抑えて、清正は力無く笑った。
4.最後までありがとう
清正は傷だらけの手を幸村へと伸ばした。
直ぐ傍に横たわる幸村は既に虫の息で、清正は滂沱の如く流れ続ける涙にも構わず槍を手放し地面に落ちた手に自分の手を重ねた。
すう、と幸村の瞼が持ち上がった。そして、彼は微笑む。
「清正どの、」
掠れた小さな声に清正の意識は幸村の声に向かう。
「ごめんなさい、では、なかったんです」
注意深く一字も聞き逃さぬものか、と満身創痍の身体を引き摺った。
「清正どの、好きになって下さって、ありがとうごさいました」
傘を増す清正の涙。どんな言葉も感情の上滑りをして上手く言葉が出てこない。
「貴方がいなければ、きっと私は私ではなくなっていたでしょう、」
復讐心や往く場所のない感情に自我を奪われ、真っ直ぐ槍など振るえなかっただろうと幸村は目を細めた。
「清正どの、」
その言葉だけを残して幸村は再び目を閉じた。ぎゅう、と幸村の手を握りしめて、清正もゆっくりと意識を手放したのであった。
5.君がいとおしい
スーツに身を包んだ清正はその手の中に小振りのブーケを握って顔を赤らめた。大安吉日更には雲一つない晴天に恵まれた今日この日は二人の前途を祝しているのだ、と義弟の姦しい親友が声高に挨拶をのべていた。親しい者は些か呆れ顔で聞いていたが、成る程そうだと清正は喜ばしくなった。純白のウェディングドレスを翻して清正を視界に止めると彼女は暖かな微笑みを零した。
兄さま!
妹の幸村が婚約者の腕を引いて目の前に立った。少し照れた赤茶髪の美丈夫は幸村の夫となった男で、仲むつまじい二人に清正はくすぐったい気持ちになった。それを隠すように手にしていたブーケを差し出す。
あ!やっぱり兄さまが受け取ったんですね
意図的に投げたのだとわかると清正はわざとらしくため息をついてブーケを返してやろうと押し付ける。
駄目です。にいさま、一生独身になっちゃいます!にいさま、一人じゃ碌に御飯も作れないでしょう?
言い募るその隣で義弟が肩を震わせて笑いを堪えている。畜生、と歯噛みしながらしかし妹は至って真剣である。仕方ないと頭を乱暴に撫でながら義弟への意趣返しも含めて提案してみる。
じゃあ、仕方なく、お兄様が新婚夫婦宅に居候してやるよ、
ほんの冗談で言ったつもりが、本気にした妹の鶴の一声によって本当に同居することになるのは後数秒後のはなし。
配布元:サンライズ